「出撃?明後日?……随分、急なんだね」
「まぁこんなもんだぜ?『明日出撃しろ』って命令のときも結構あったし」
「へぇ、そうなんだ〜。」と、電話の向こうからのん気な声が返ってくる。

夕方に蘭からの電話があった。
いつもならもっと間が開くのに、連日電話が来るのは初めてだった。何故かと問いだたしても、返ってくるのは「えへへv」という笑い声のみ。健康状態はどうだの、怪我はしてないかだの、ご飯はちゃんと取ってるかだのと、さっきまで数回はぐらかされた。声は明るいので、悪い知らせではなさそうだが。

「だーーっ!いい加減に教えろよっ。何かあったんだろ?」
「………あのね、ここのところ調子が悪かったから、今日お医者さんに診てもらったの」
蘭の声の調子が急に低くなる。
「おい、まさか何かの病気じゃ……」

新一は目の前が真っ暗になりそうになった。すると直ぐに蘭の元の明るい笑い声が聞こえてきた。
「違いますっ!それでね、お腹に赤ちゃんがいるって」
「あ、赤ちゃん〜?!」
「そうなの〜。もう三ヶ月ですって。すぐに新一に伝えたくて電話したの。…ちょっとイジワルがしたくなって教えるの躊躇っちゃったけど」

死と隣り合わせの日々で仲間達を失っていく悲壮感と絶望感の中にも、新しい命が育まれていく現実。繰り返される生と死の輪廻に新一は心から込み上げていく感情で胸が一杯になった。申し訳なさそうに謝る蘭にも目を瞑るってものだろう。

「蘭、ありがとう。……すげー嬉しい。もう一人の身体じゃねぇんだ。二人分食べて元気な子を育てねぇとな」
「うん、分かってる」
近くに、一番大事なときに側にいてやれないことが堪らなく悔しい。

「新一、赤ちゃんの名前考えてくれる?」
「今か?男か女かも分かんねーのに?」
「うん。新一につけて欲しいんだ」
「……分かった。……じゃあ…コナン、かな」
「コナン……。新一のセンス無しっ。新一が大好きなホームズのコナン・ドイルから取っただけじゃないっ!」
「仕方ねーだろー?今頭に浮かんだのがそれだったんだから」

新一は入隊する以前は小説が好きでよく読んでおり、家に所蔵棚が壁一面にあるほどの推理小説好きだった。特にシャーロック・ホームズは大好きで彼の冷静さと分析力に憧れていたのだ。新一の憧れは実在の人物ではないが、彼のようになりたいと思っていた。

「もうっ、女の子だったらどうするのよー」
「女でも男でもどっちでもいけんじゃねえ?つーか、オメーが言いだしたんだからワーワー文句言うなよ」
クスクスと新一が小さく笑う。
「分かったわよっ、もう文句は言いません!……そうだ新一、いつ戻ってこれる?」
「ちょっと分からねぇな…数ヶ月か…半年後かもしれねぇ。状況が状況だしな。…悪ぃ」

蘭と離れてからこの一年の間に戦況はより悪化していた。
資源が無く、強力な兵器も少なく、人々は限られた中で必死に生き延びようとしているが、徐々に誰もが疲労の色を隠せなくなっていた。幾度となく繰り返される本土への攻撃と増える死者数の中で、国は怯え絶望が支配し始めていた。

新一達兵士も国を守るため、戦況を変えるために極限の中で戦っているが、何とか被害を最小限に食い留めさせることで精一杯だった。

平和はいつ訪れるのだろう。血を見なくて済むようになるのは、寿命を全うできるようになるのはいつになるのだろうか。


たった一度だけ泊りがけの休暇をもらい、東都へ戻って蘭と過ごせたのは数ヶ月前のこと。久しぶりに会った彼女は少し痩せて、そしてより綺麗になっていた。

一人待ち続けている蘭の元へ早く帰りたい。
………生きて、蘭の元へ帰る。


「謝らないで。じゃあ、次に会うときはお腹がすっごく大きくなってるのね。私のお腹見たらきっとびっくりしちゃうんじゃない?」
「かもな。ちゃんと食事と睡眠を取れよ。前に会ったときちょっと痩せてたろ?次は二倍に太ってねーと承知しねぇからな?自分と赤ん坊のことを第一に考えてろ」
「うん」
「万が一、東都に空襲があっても同じだ。自分を第一に考えてろ。蘭がいなくなったら俺は帰るところがないんだからな。オメーさえ無事でいてくれれば、俺は頑張れるから」
「うん」
「…分かったか?」
「うん」
「オメー、『うん。』ばっかじゃねーか!」
お互いに笑顔が零れる。

「じゃあ新一、明後日頑張ってね。……気をつけて」
「ああ、また連絡入れる。身体冷やさねーように気をつけろよ」
おやすみ、と言葉を交わしたのちそれぞれに受話器に電話を置いた。





***





出撃の朝。朝4時に起床した新一は身支度を整えたあと平次と光彦と合流し、共に出撃する他のチームと最後の話し合いをした。上官の励ましと仲間達の気合の入れように部屋全体の士気が上がる。
他のチームとは違って新一の小隊は今回が初めてのチーム飛行となる。そのためか、先輩たちがぞろぞろと新一の側にやってきて励ましてきた。

「聞いたぜ工藤。お前のお嫁さん超絶美人なんだって?また写真見せろよ〜」
「さすが海軍一の色男だよな!こりゃあ奥さんに会うまでは死んでも死に切れんだろう」
「工藤、奥さんを幸せにするためにも敵にやられるようなことがあってはならんぞ。攻めだ、攻めの心を忘れるな」
「…はぁ」

同期ならいざ知らず、先輩や上官までも新一の奥さんの噂話が広まっているらしい。新一は少々面を食らった。
すると平次がすかさず会話に入ってくる。
「そうなんですよ〜。工藤のやつ、いっつも嫁さんからラブラブの手紙と電話が来よるねん。熱―て熱―てかないまへんわ〜」
平次は冗談っぽく手をひらひらと仰ぎ、大きな声でのたまう。どうやら情報の流出する早さの原因は平次のようだ。新一は平次を部屋の隅に引っ張った。それに気付いた光彦が慌てて後に続いた。

「服部、オメー俺のプライベートをあんまりぺらぺら人に言うなよ」
呆れたように苦言を零す新一に対して、平次は何を怒っているのか分からないという風に平然と返した。
「いいやん、そんな疚しい事でもあらへんし。事実を言ってるだけやで?」
「それにしてもだなー、」
「まぁまぁお二人とも。今日は大事な出撃の日なんですよ?チームが乱れては大変なことになります」
光彦が二人を宥めようとすると、新一の服のポケットから何か白いものが出ていることに気付いた。

「あれ…工藤さん、ポケットから何か出ていますが」
新一はすぐに視線を下に向けると、それをすぐさまポケットの奥深くに押し込んだ。何かを感じた平次は新一にニヤッとして噛み付く。
「工藤〜、それ嫁さんからの手紙やろ?戦闘機の中に持ってくつもりかいな?」
「バーロ。そんなんじゃねぇよ」
その顔は傍から見ても分かりやすいほどに照れていた。
光彦は蘭の手紙が場の雰囲気を柔らかいものに変えたことに、まだ会ったことはない蘭に密かに感謝した。





軽く朝食を終えて全ての身支度が済んだ後、新一は宿舎の外へ出た。
外は日の出前でまだ少々暗いが、空気は澄んでいて気持ちがいい。風は少し強めだが、今日は晴天になりそうだ。

基地内に綺麗に並んだ戦闘機は整備士達によって最後の最後まで入念に出撃準備が整えられていた。他の戦闘機乗りたちもぞろぞろと外へ出てくる。

新一は自分の乗る戦闘機に近づいた。それに気付いた一人の青年が新一に声をかけた。
彼は高木といって新一の戦闘機の整備を担当している整備士の内の一人で、礼儀が正しく新一よりも年上なのに敬語を使っている。帽子を被っているにもかかわらず顔は油まみれでツナギと同じくらいに黒ずんでいたが、明るい笑顔で新一を迎えた。
「工藤さん、おはようございます。たった今準備が整いました」
「いつもご苦労様です」
柔らかな笑顔を返すと、操縦席へ入るために慣れた手つきでドアを開けた。

「工藤さん!」
振り向くと、整備士が新一に向かって敬礼をしていた。
「ご武運をお祈りしております!どうぞ、勝って下さい!」
「ありがとうございます。高木さんのご期待にそえるように頑張りますよ」
新一は高木の敬礼に続くと操縦席に腰を下ろした。





徐々に太陽が顔を出し、早朝の神秘的な光を映し出していた。操縦席から見る景色は格別で、新一はとても好きな瞬間だった。

ポケットから白い手紙を取り出すと、それを朝の光にかざす。平次にからかわれた通り、白い手紙は蘭から昨日届いたものだった。新一は手紙を開かず、操縦桿の横のボードに蘭と一緒に写っている写真と共に手紙を貼り付けた。

願掛けをしているわけではないけれど。
何となく蘭からの手紙は後にしておいて、ここにまた帰ってきたときの楽しみにしておこうと思ったのだ。

空母からの合図が出たので、メインエンジンをかけた。左右を見ると、平次と光彦も同時にメインエンジンをかけ始める。二人とも新一に気付いたようで親指を立てて合図をした。
エンジンの回転数が上がるようスロットルレバーを前に押して、両輪に待機している整備兵に車止めを外す合図を送る。

「蘭…行ってきます」

指先で写真の蘭の頬をそっと撫でると、準備の整った新一の小隊は離陸を開始した。





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