――――――朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
夢………?

新一はゆっくりと脳が覚醒するのを感じながら昨日見た夢を思い出していた。
毎日が忙しすぎて夢を見る暇なんてなかったのに、昨夜の蘭からの電話は寝る直前だったせいか、久しぶりに夢をみてしまった。

一つ欠伸をすると、新一はベッド横の置時計を見た。時刻は5時を指していた。6時の早朝訓練までまだ時間がある。いつも5時半にセットしてある時計のスイッチを外してベッドから足を下ろした。
朝は強いほうではないが、目が冴えてしまった。新一はまだ寝ている同僚達を起こさない様に服を着替えると、そっと部屋を出た。

顔を洗おうと洗面所に行く廊下で朝っぱらから騒がしい男の声が聞こえてきた。
「そうやろ?だから朝はご飯に味噌汁が一番やねん!パンなんつー浮わついた食べ物なんて体が一日持たへんで〜」
周りにいる平次の友人らしき人たちも「そうやそうや!」とか「パンも美味いやん」とか一緒になって盛り上がっている。
朝一番にあのテンションはキツイ。
そう思った新一は振り返ろうとしたが、目敏い平次が新一に気付いた。大きく手を振って大きな声を張り上げる。
「おぉ工藤やないかい!おはよーさん」
しまった、気付かれたか……。
新一は諦めて平次と数人が立ち話をしているグループに近づいていった。

「よぉ…。昨日は悪かったな、電話繋いでもらって」
「かまへんて。姉ちゃんとはラブラブ会話出来たんやろ?」
平次はニヤニヤとした表情をして新一をからかってきた。新一とあまり接点がない平次の友人達は事情が分からず、ただ眉を顰めていた。
「何や、平ちゃん。平ちゃんの姉ちゃんと工藤さんデキとるん?」
新一と平次はキョトンとした。
平次は一人っ子で姉なんかいない。平次はププッと笑い出した。

「ちゃうちゃう。工藤の嫁さんのことや」
「「「えええええ―――!!!工藤さんって結婚しとんの!?」」」
まだ早朝にもかかわらず、廊下に大声が響いた。

「なんやお前ら知らんかったんかい?エライ有名やで〜めっちゃ美人の嫁さんやて。手紙もよー来るし、電話もちゃんと欠かさず定期的に来るらしいで。まだ俺も見たことないけどなぁ」
平次は相変わらずニヤニヤとしながらからかう視線を新一に向けた。

一方、当の新一は自分の知らないところで蘭が噂になっていたことを初めて知って、一人不機嫌になっていた。新一の様子に気付いていない平次は飄々と喋り続ける。

「東都に住んどるんやろ?俺もいっぺん東都に行ってみたいねん。また工藤に案内してもらわなあかんな!」
「俺が東都案内したるわ!飛行訓練生の学校は東都やってん」
「飛行訓練生なら寮生活であんま外のこと知らんやろ〜。」
「なめたらアカンでー。休日は結構街へ繰り出しとったんや!」
テンポ良く繰り広げられる会話に新一は入る気にもならないので、黙って事の行く末を待った。早く開放してほしいと願いながら。

「そうや工藤、今日は次の編隊の出撃が発表される日やで。興奮するなあ、はようこの腕を試したくてうずうずしよるわ」
「…そうだったな」
「いよいよ出撃かあ。平ちゃんガンバレよ〜期待しとるで!敵機を全部撃ち落してまえ!」
「工藤さんもこの飛行部隊の内の若手英雄の一人なんですから、期待しとりますよ!」
興奮冷めやまぬ平次とその友人たちに対して、新一はさらっと「…頑張るよ」と受け流した。


平次と新一、そして訓練生上がりの新人である光彦は三人一組の編隊を組むことになっている。

長引く戦況の中でベテラン勢が次々と命を落としていったり怪我をして戦闘機に乗れなくなったりして、人手がなくなっている。新一と平次はいわゆる中堅の位置に属していたが、ベテランに負けないほどの技量と敵を打ち負かす強さを持っていた。まだ実戦は少ないほうだが評判はうなぎ上りで、基地内では有名人となっていた。

そして軍上部は新一と平次と交流のある光彦を起用した。二人の後輩で性格を多少なりとも理解している他、射撃が上手いからである。 些細な敵の行動を見落とさず冷静に判断する新一と、血気盛んな平次の行動力と、射撃の腕が評判の光彦は、飛行隊の中でもその活躍が高く個々に評価されていた。

次の飛行では上空で敵の戦闘機を爆撃で打ち落とす少数精鋭隊作戦に当たり、その三人が抜擢されたのだ。この計画はこれが初めてで、実験的な部分も多い。確実に敵を仕留められるが、その分要領も勝手も悪くなるし、チームプレイも必要になる。

今までの敵地上空接戦では何度か死線をくぐり抜けてきた新一だが、チームプレイとなるとこれまでとは事情が違う。
同期の平次は明るい性格でノリもいいが、熱くなると周りが見えにくくなる性質だし、後輩の光彦は先輩である新一と平次の指示に従順するが、用心深く最後の最後まで躊躇する性格だ。自然と、新一がリーダーとして二人をまとめて指示を与える破目になっていた。

戦場では一瞬のミスが命取りとなり、失敗は許されないのだ。チームワークの混乱は死を招く。
午後の編隊飛行練習の後には、上官から出撃日が発表されるのだろう。
新一は近く訪れるであろう敵地に乗り込む興奮と共に、気を引き締めた。





***





午後一番に空中練習が始まった。
午前一杯を使って綿密に整備された戦闘機を使って、平次、光彦、そして新一は大空へ旅立った。

空中では新一の機体を真ん中に置き、サイド後方部に平次と光彦が並ぶ。
そして旋回や反転や背面飛行などの基本技能の他に、計器によって現在位置や高度を正確に把握する計器飛行などの訓練を行ことになっている。

今のところ演習は完璧に行われていた。
新一は一定の高さまで上り詰めたあと、機体の高度をゆっくりと下げ始めた。他の二機もそれに順じた。
「服部、聞こえるか?この状態になったらおめぇは前に出て敵に徐々に詰め寄れ。状況を見て俺が光彦に爆撃の合図を出す。…光彦、分かるな?」
無線を使い、新一は二人に問いかけた。
「おー、よう聞こえるで。シュミレーションはばっちり頭ん中入っとるわ。まかしとき」
「了解です、新一さん!」


作戦としては、高度四千メートル上空に上がったところから始まる。レーダーにより進入に気付き、新一たちの侵入に対抗するため上空に上がってきた敵機を見下ろす立場で発見して追跡する。そして気付かれぬように背後ギリギリまで迫ったときに、光彦の銃弾を浴びせる。

ここで銃弾が被弾しなかった場合にも対応できるようにしている。敵は驚いてすぐさま垂直になって下降し逃げるだろうから、それを見越して再びこっそりと後を付けて、逃げ切ったと思い安心している敵機に忍び寄り銃弾を発射する。一対一で行う戦術よりも非効率的だが、確実に有利に持ち込める方法としては理に適っていた。


全ての演習が終わった。
「この作戦は完璧やで、工藤!」
平次は機体の窓から新一に向けてガッツポーズをした。少し遅れて新一の機体に並んだ光彦も笑顔で親指を立てていた。チームワークも上々のようだ。
作戦の手ごたえを掴んだ三人はホッとした表情を浮かべながら、満足そうに基地へ帰った。





戦機を倉庫へ収納して整備士に預けると、新一達は上官から呼ばれた。朝平次が話していた出撃の日にちを告げられるのだろう。

緊張した面持ちで、三人はドアの向こうへ足を踏み入れた。
「失礼致します、阿笠司令長官!工藤新一少尉、服部平次少尉、円谷光彦一等兵、只今午後の空中演習より戻ってまいりました!」
「おお、戻ってきたか。ご苦労さんだったな。演習はどうだったかの?」
阿笠はにこにこしながら席を立ち、新一達を部屋に招き入れた。

年齢はまだ50代だが、白い髪に覆われ白い髭を蓄えた阿笠は見た目は初老を感じさせた。恰幅が良く言葉遣いの柔らかさから、海軍に入ったばかりの新人兵達は誰もこの人物が大物だとは思わない。だが時折見せる眼光は鋭く、さすがは若い頃戦の鬼と呼ばれたほどの猛者であることが分かる。

「はい。作戦を一通りやってみましたが、上手くいきました。きっと本番でも演習通りいけると思います」
「そうかそれは良かった。それでだが、本番の日取りが決定したぞ」

阿笠は机の上の紙を手に持った。
「敵機襲撃は明後日の朝じゃ。しっかり打ち合わせをして、しっかり休むんじゃぞ。健闘を祈っておる」
「ありがとうございます!必ず、敵を撃ち取ってみせます!」
「任せてくれや、司令長官。このオレが突撃したら敵なんぞ一発でビビッて逃げよるさかい!」
平次は上官の前にも関わらず、いつもの調子で自信たっぷりの態度を見せた。隣の新一が慌てて平次を小さい声で諌める。
「バーロッ!上官の前だぞっ?!そんな口きくんじゃねーよっ」
「ふぉっほっほ。いいんじゃよ、工藤少尉。勇ましいのはいいことじゃ。服部少尉、貴殿の手腕を楽しみにしとるぞ。円谷一等兵も銃の腕前を見込んでこのチームに配属されたんじゃ。期待しておるからの。それに工藤少尉、少ない時間でまとめるのは大変だったじゃろうが、君の判断に任せる。君達の武運を祈っておるぞ」
「「「はいっ!」」」
三人はそれぞれの役割をしっかりと胸に刻んで、阿笠へ敬礼をした。





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