真夜中の純白




快斗と蘭が並んで買い物から帰る途中、いつも通る道にある教会から歓声が上がるのが聞こえてきた。

爽やかな風に乗って葉のざわめきが囁くように揺れる中、生い茂る木々に覆われた奥の教会から白いタキシード姿の新郎と純白のドレス姿の花嫁が丁度扉から姿を現す。同時に集まった招待客から溢れんばかりの祝福を受けていた。

人は少なく身内だけの式のようだが、誰もが笑顔で、満たされた幸せな雰囲気がこちらまで伝わってきた。
自然と足が止まり二人は結婚式の様子に見惚れていた。

小さな教会の建物自体はお世辞に言っても綺麗というわけではなく、古ぼけた建物に、白い壁には無造作に蔦が茂り黒ずんでいるところもある。だがそれすらも歴史を感じさせるような美しい背景の一つとなり、新しい人生の門出となる新郎と花嫁を飾り立てていた。
新郎は失礼ながらどうでもいいので、快斗は初々しい新婦を観察する。

「お嫁さん綺麗……結婚式かぁ…。いいなぁ」
蘭が小さな声で呟く。
お約束と言われるかもしれないが、花嫁姿の蘭を頭の中で事細かく想像していた快斗は声に誘われ隣の彼女に視線を移した。
独り言だったらしく、快斗を気にすることもなく蘭はずっと花嫁に見入ったままだ。



蘭の実家である毛利探偵事務所を出てから、もう一年になっていた。
二人で一から始めようと決めて、知らない街へ引っ越してきた。新しい住まいに新しい仕事と、新しい人生を共に歩み始めた。何もかもが目まぐるしく過ぎ去ったが、それでもやっていけたのは蘭の支えがあったからだ。

快斗は再び目の前の結婚式に視線を変えた。
『結婚』
その単語が快斗の頭を支配した。

今まで考えなかったわけではないが、快斗も蘭も仕事が軌道に乗ってきたところで話すタイミングを逃していた。
だが一旦想像すると自然と口元が緩む。どう考えても蘭のウェディングドレス姿が一番で、世界一綺麗な花嫁になるだろう。

(生活も安定してきたし…そろそろ考えるべき、だよな)
快斗は蘭をちらりと横見した。
「今すぐにでも結婚しようか?そこに教会があるし」
快斗から放たれた早急なプロポーズに刹那時が止まり、蘭は大きな黒い瞳をぱちくりとさせた。
「…買い物袋持って?」
蘭が両手に掲げている一週間分の買い物袋を少し上げて、クスクスと笑う。

いくら何でも飛び込みで結婚式を挙げることは出来ないだろうと、冗談にとられたのであろうか。
快斗はめげずに話し続けた。

「蘭ちゃんが結婚式挙げたいなら、いつでも大歓迎なんだけどな」
「ありがと。じゃあとりあえずアパートに帰ろう?早くしないと折角買った特売のお肉が悪くなっちゃう」
のほほんと答える蘭は相変わらずの天然で、快斗の本気をあっさりとかわした。はやり冗談だと思っているらしい。

いつもの明るい軽い調子だったのに加え、こんな道端でプロポーズする快斗も快斗で詰めが甘かった。

だが一度堰を切った思いは止められず、どうにかして今夜、快斗は蘭に想いを伝えたかった。蘭ははっきり直球で言わないと分からない。はっきり言っても、自分のこととは思わず冗談に取る傾向がある。これが問題だ。分からせるためには……直に体験してもらうしかない。
快斗は明晰な頭脳で数秒間考えて一つの答えを弾き出した。

「ねぇ蘭ちゃん、今日の夜この教会にまた来てみない?」
蘭は「何で?」という顔をしたあと、慌てて『夜』というキーワードに気付いて食いついた。
「絶対にイヤ!お化けとか出たらやだもんっ」

夜の教会だけでも何人も近寄れない雰囲気があるのに、この教会は陽の当たる日中さえ妖しい雰囲気を醸し出しているのだ。
蘭は再び教会に目を向けた。
鬱蒼と茂る木々、下から上に向かって壁に長々と伝っている蔦、古びた白い外装。今は式の参列者で賑わっているが、人がいなかったら昼間でも蘭を怖がらせるのに十分だった。

蘭は無理無理!と言いたげに勢い良く首を振った。
快斗はそれを予想していたかのように、イタズラっ子な目を光らせた。
「じゃあさ、賭けをしようよ」
「賭け?」
「そ。負けたら、教会の中に入って懺悔をする」
「だって夜は鍵が掛かって入れないんじゃないの?」
「俺を誰だと思ってんの?奇術師の手に掛かればそんなもの」
快斗はニヤリと笑って、買い物袋を持った片手のままピンで鍵を開ける仕草をした。

「勝手に入るなんて犯罪じゃないっ。そんなのやりません」
「いいのかなー?そんなこと言って」
「どうしたの急に?何か企んでたりして?」
蘭は明るい声で返した。
快斗が蘭を喜ばしたり吃驚させるために突然謎掛けをしたり奇術を披露することがあるので、もう慣れっこなのだ。

「企んでなんかないよ、ただのゲームさ。それともなに?蘭ちゃん、そんなにお化けが怖いの?」
快斗はからかう様に蘭のプライドを丁度いいタイミングで刺激した。
蘭がムキになってつられるのも分かっている。表情がみるみるうちに変わり、勝負時の得意げな顔つきになっていった。
「そんなことないってば!いいわよ?やってやろうじゃないの」
「じゃあ決まりだ。今は…一時か。賭けに負けたら、夕飯後の十時に教会に来て何か一つ懺悔でもしてもらおうかな。…オッケー?」
「分かった。でも賭けって何するの?」
「至ってシンプルだよ」
快斗は意味深な笑みを浮かべウィンクをした。

両手にぶら下がっていた大きな買い物袋を地面に置き、快斗はジーンズのポケットからコインを一つ取り出した。
「もしかして、表か裏か当てるの?」
「そ。俺がコイン投げるから蘭ちゃんは先に予想してよ」
「―――分かった」

蘭の返事を聞くと、快斗は慣れた手つきでコインを数回空に飛ばした。
コインはクルクルと回転しながら綺麗な弧を描いて、快斗の手の中に収まった。さすがは稀代の奇術師といったところか。ソツがなく人に”魅せる”動作は鮮やかで、蘭の目を引きつける。

「本番のスピードはこの二倍くらいかな。スピードを上げるといっても、コインの回転数を増やすだけだけどね」
「…私知ってるんだから。快斗君がすごーく、動体視力いいの」
蘭は半目で快斗を睨んだ。瞳が「何かトリックを使うんじゃないの?」と言っている。
何度も快斗の手中に収まっているので、蘭は最近ようやく疑り深くなり始めたばかりだ。快斗は思わず苦笑する。
「いくら俺でもそこまで視力良くないって。それに、今回は蘭ちゃんの思ってるようなことはないから大丈夫」
「本当〜?」
「ホントホント!…じゃあ―――いくよ?」

そして、快斗の手からコインが高く放り投げられた。






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快斗の誕生日が6月ということとタイトルからして、もう快斗が何をしようとしてるのかはバレバレですね!(笑)
怖がりの蘭ちゃんにとっては古びた教会がホラー屋敷に見えるようです。
続きものにするつもりはなかったんですが…スミマセン。
後編もお付き合い頂ければ幸いでございます。
[2009.6.21]

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