王子様を観察する




園子は断言できる。
工藤新一という男は天から二物を与えられているどころか、何物も与えられているイヤミな奴である。

あまり勉強している様子がないのにテストを受ければ学年一位、模試を受ければ常に全国上位三位以内。
趣味で続けていたサッカーは中学生の頃にプロの誘いを受けたことがあるほど上手く、他のスポーツも万能。
端正な顔立ちをしている上に紳士的で女性に優しいものだから、この上なくモテる。
そして小さい頃からの夢である探偵になることを若干17才にして叶え、全国どころか海外にまで知られる、名実共に有名な探偵になった。
おまけに両親は世界的な推理小説家と元女優で大金持ちときている。

これだけ完璧でモテる男だと遊び人のイメージが付きまとうが、 新一は事件が起こった以外の日は必ず蘭と一緒に帰宅する。
彼女を大切にすると、これも新一の評価を高めている一因になっているようだ。

嘘のような、理想の白馬の王子様。
女性たちは皆そう口を揃える。
ハンッ!と、園子は心の中で一蹴した。

「…なんだよ園子、何か用かよ」
真横に座る噂の人物が無愛想に睨みつけてきた。
無意識だったが、不満げな鼻音が漏れていたようだ。
園子の表情からあまりいい話ではなさそうだと、新一は深く椅子に腰掛け足を組んでいる姿勢を崩そうとはしなかった。

人がまばらな放課後の学校の教室で、威風堂々と君臨する完全無欠の完璧王子は園子の視線をさほど気にすることもなく読みかけの本に戻った。
「別に?蘭がなかなか帰ってこないなって思っただけよ」
「部活のミーティングだけだからすぐ終わるとか言ってたんだけどな。その内帰って来るだろ」
新一は素っ気無く返事すると、すぐに目線を本に落とした。

蘭が空手部顧問の先生に呼ばれ、急ぎ足で教室を去ってからもう30分以上になる。
園子は視線を新一ではなく書きかけのノートに移した。昨日は学校を休んだので蘭にノートを借りて、写してる最中なのだ。蘭が帰ってくるまでに写し終えておきたい。
カリカリと、シャープペンシルの音が静寂な教室に響いた。

いつもはお喋りの止まらない園子が珍しく静かなせいか、新一から不審げな声が届く。
「さっきからノート写しで忙しそうだな。蘭のノート写してんのか」
新一は園子の手元にあるノートをひょいと覗き込んできた。一瞬で蘭の字体を判別するとはさすがである。
「そういうこと。あとは英語のライティングだけなんだけどね」
まぁ頑張れよと、新一は気のないエールを園子に送り読書を再開した。
蘭がいなきゃ、新一の反応はこんなものである。ムカつくが慣れているのでいちいち文句を言ったりはしない。

園子はノートの次のページを開いた。
そう、後は英語だけ。
だが、ノートの長い英文を見ただけで書き写す気力が失せてしまった。
こうなるとおしまいで、手持ち無沙汰になりシャープペンシルをくるくると回し始める。それから、鼻と尖らせた唇の間にも色つきペンを挟んでみたりする。集中力が完全に途切れた証拠だ。
園子は気分転換と称して、蘭が帰ってくる間に新一を再び観察してみることにした。


新一は何やら分厚いハードカバーの本に夢中になっている。図書館で借りてきた本なのだろうか、古びた紙は日焼けして薄黄色になっているのがこの距離からでも分かる。何かの専門書であろうことは推測できた。
ページを捲る度に、新一の前髪が少し揺れる。読書のため切れ長の瞳は伏目がちになり、男らしからぬ色香を含んでいた。窓の外に現れた夕陽が新一の顔に影を作り、より効果をもたらす。
くやしいけど、王子様的なキレイな顔はしていると思う。
園子のタイプでは全くないが。

性格に関していえば、新一は表面的には王子様のように優しい。
分け隔てなく女性に接して爽やかな笑顔を振りまき、危険が及ぶ者には何があろうと全力で守ろうとする。
女性に優しいのは工藤家の教育の賜物だろうし、一見人当たりの良い言葉遣いや態度は警察や事件の関係者にも信頼を置かれている。
何も知らない女性達は新一から差し伸ばされる善意の手に騙されている。
だが新一を知っている人ほど、遠慮のない本性を知っている。
ある意味世間から神格化されている新一だが、蘭の傍で新一を見ていると面白くてたまらない。感情丸出しで、クールな探偵とは程遠いのだ。

不意にチャイムが鳴った。
昨日からテスト週間で部活がないので、授業が終わるとすぐに帰宅する生徒は多い。
あれ?と園子は思った。
確か新一は授業中に担任の先生から『工藤、放課後に職員室に来い。テスト週間前に休んだ分の補修やるからな』と言われていたはずだ。
「新一くん、先生から補修受けるように言われてなかったっけ?」
園子の質問に新一は不敵の笑みを浮かべた。
「家でプリントを埋めて提出すればいいように上手く言いくるめた。誰が好き好んで担任と一緒にいなきゃいけねーんだよ。蘭と過ごすに決まってんだろ」
仮にも担任だというのにこの言い草。事件で早退することの多い新一の為に好意で時間を取っているだろうに、ひどい奴である。
「っていうか、今日は私が蘭と一緒にいるんだから。新一君は先に家に帰ってプリントやってなさいよ」
「提出期限は明後日までだから、授業中にでもやるさ。おめーだってノート写すのに忙しいんじゃねえの」
授業に出れなかったから出された課題を授業中にやるつもりとはいかがなものか。
園子だって真面目とは言い難いが、新一の要領の良さはこちらが呆れる程だ。

園子の心に新一を弄りたい病がムクムクと起き出した。
要は暇なのでからかって遊びたいだけである。
「後は家に帰ってやるからいいの!たまには蘭を私に譲りなさいよ」
「譲るも何も、一緒に帰るのは俺たちの暗黙の了解なんだよ」
「事件が起こればすぐに蘭を放っていくのに?笑わせるわね」
「…事件のときは蘭にちゃんと一言言ってから帰ってるぞ」
「知ってるわよ。授業中なのに『夜には帰る』とか『ご飯はいらねぇ』とか、周りのことなんかお構いなしに夫婦の会話してんだもの。新一君、蘭に甘えすぎなんじゃないの?ちょっとは遠慮しなさいよ、蘭は忙しいんだから」

蘭は家庭事情と本来のお人よしの性格で抱えなくていいものまで抱えてしまう。
毎日家事をやり、父親の世話をし、部活動では練習が終わった後に喜んで後輩の練習相手になる。人望が厚く先生に信頼されているので委員会や頼まれ事も多い。真面目な蘭は一切それらに手抜きをしない。
それに加え彼氏の身の回りの世話もしているときた。
お陰で朝から晩まで蘭は動きっぱなしなのだ。

「蘭がご飯作ってくれる代わりに俺は皿洗いとか風呂の用意はするようにしてるぞ」
「それは早く蘭と夜のお楽しみの時間を増やしたいだけなんじゃないの?余計に疲れさせるの分かってる?蘭、いつも眠そうだし、たまに身体が辛そうなんだから。自分の彼女を丸ごと気遣うって配慮が必要なのよ!」
早口に威勢よく声を捲し立てると、園子は大げさに拳を掲げた。
「………」
新一は言葉を詰まらせた。無理強いをさせているという自覚はあるようだ。
だが新一はすぐに余裕の表情を見せてきた。
「さすがによく見てるな」
「当ったり前でしょう?蘭を新一くんの家に泊めるのに、たまに私の名前をダシに使ってるの知ってるんだから。蘭に嘘つかせるような事やめなさいよね」
「…………」
この園子様にかかれば平成のホームズを負かすことなど容易いものだ。
紳士の仮面が剥がれるのは、全て蘭が関わるときなのだから。
誘導して得た新一の反応に満足した園子は勝利の笑みを湛えた。

白馬の王子様は夜に狼になるために、下準備を施している。
放課後一緒に帰るのは蘭を自宅へ連れ込む機会を増やす為だ。
蘭の話を聞くと、一緒に夕飯の買い物をした後は蘭の家に行くらしい。そこで二人は一端別れて新一は工藤家へ戻り、蘭は小五郎の夕飯を作ってから工藤家を訪ねる。もちろん多めに作っていた夕飯を持って。
小五郎はほぼ毎日娘の彼氏と同じご飯を食べているわけだ。
新一の方は、可愛い彼女の手作りご飯にありつけ、しかも夜まで独占出来る寸法ということになる。
蘭を引き止めようと博士や警視庁の面々を使って影から手を回して小五郎を騙しているのだろうと簡単に推測できる。蘭の親友である園子の名前を度々使っているように、一人暮らしの特権を最大限に活用している。
高校生の分際でこのような夢の生活が送れているのは、この日本でただ一人に違いない。

狼になる努力を新一は惜しまない。
お姫様や良き隣人に見えないところで魔女役を演じ、言葉巧みに思い通りにしようとするのだ。

「じゃあ蘭のおじさんに何て言い訳すんだよ。さすがに俺たちのことは気づいてるだろうけど、正直に言えるわけねぇだろ」
「あら、新一くんから相談なんて珍しいわね。ノッてあげてもいいわよ。そうねぇ、今夜は蘭から…痛っ!」
「ってぇ!」

新一と園子が頭を抑えると、顔を真っ赤にした蘭が現れた。
蘭は手にプリントの分厚い束を持っており、それで頭をぶたれたのだと理解する。
「大きな声でなんの話してんのよ二人ともっ!廊下にまで響いてたわよ。もうっ、信じらんない!」

蘭はプリントを机の中に豪快に突っ込むと、通学カバンを持って教室を出ていった。
「待てって、蘭っ!」
新一が蘭を追いかけようと慌てて後に続いて教室を出て行く。
振り返った蘭はその勢いのまま、キレのある蹴りを新一に仕掛けた。
寸でのところで攻撃を避けた新一は、一瞬の隙をついて蘭の手首を掴むことに成功した。
恥ずかしさで怒りの収まらない蘭と宥めようとする新一。
そのまま二人は言い争いながら嵐のように学校を後にした。

一途な王子様とお姫様が手を取り合って二人の世界に入っている姿はなるほどロマンティックでお伽噺にありがちだ。
だが現実には、一人で王子・魔女・オオカミの三役を演じる腹黒い王子様と上段回し蹴りを得意とする男顔負けなお姫様の激しいラブロマンスが繰り広げられている。
常識外の新一には常識外の蘭が似合っている、世の中上手い具合に回っているのだと、園子は改めて思わずにはいられなかった。

「さあて、英文でも書き写ししますか」
今夜は園子の名前を貸してあげてもいい。その代わり、今度は蘭を譲ってもらうことにしよう。
園子はクルクルと回していたシャープペンシルを手に持ち、軽快にノートに字を走らせた。







新一誕生日おめでとうーー!|゚Д゚)))コソーリ
お祝い遅れてごめんね!5月も終わろうとしていますが、園子が言いたい放題ですが、こ…これでも祝ってるつもりです…|彡サッ
[2011.5.31]



inserted by FC2 system