無限/夢幻




「あ〜、寒っ!」
「ほんと。先週まではまだ日差しが暖かかったのに」
「ようやく冬らしくなったよな。遊んでる小学生とかちらほらいるけど、前より明らかに少ないし」
快斗は呆れたように公園を見渡した。
先週は暖かく、だだっ広い広場には親子連れが何組もいて遊んでいた。
防犯上からなのか、広場の周りは等間隔に木が植えられ死角がないようになっている。視界は広く、快斗と蘭のいるベンチから公園全体が見渡せた。
葉のない木々は人の少なくなった公園を更に寂しげな印象にさせていた。

「ベンチに座ってる人も、私と快斗くんだけだしね…」
子供は風の子というが、最近の子供は寒さに弱いのだろうか。 快斗が子供のときは風邪を引いていて親に叱られても外に遊びに行ったものだが。
子供も少なければ、大人も少なかった。 犬の散歩をしている人がたまに通り過ぎるくらいで、快斗と蘭みたいにベンチに座っている人は皆無だった。
「だな…」

高校が違う快斗と蘭は、放課後デートが常だった。
快斗の通う江古田高校と蘭の通う帝丹高校は距離が少し離れている。 お互いの中間地点であるこの公園が、専ら二人にとっての定番デートスポットだった。
だが外でのデートもそろそろ厳しいかもしれない。
「寒いし、大通りのカフェにでも行く?ここからだと歩いて15分くらいかかっちゃうけど」
「ううん、いいの。ここで」
蘭は無理しているようには見えなかった。むしろ、ここにいたいようだ。
「…そう?ならいいけどさ」
「あ、快斗くんが寒いならいいよ。カフェに行こ?」
少し焦ったような、早口な口調。
快斗を気遣っているらしい。
「いや、俺も大丈夫。平気平気」
「ほんと?…じゃあそこの自販機で何か買ってくるね。何がいい?」
「俺が買ってくるよ」
蘭が鞄の中から財布を取り出そうとしている間に、快斗が一足早く颯爽と自販機に向かう。
「俺はカフェオレにするけど、蘭ちゃんどうする?」
「えーと、じゃあ、ミルクティお願いします」
先を越されたと、蘭が苦笑した。


温かいカフェオレの缶に両手を添えると、じんわりと手から温かさが広がる。
プルトップを引っ張り、一口飲み込んだ。
喉を潤すと、内部からも体が温められた。
温かい缶の飲み物は外で飲むものだよなとしみじみ思いながら、その醍醐味を味わう。
「美味しいね。外で飲むと、何かほっとするよね」
蘭も同じことを思っていたらしい。考えることは同じなんだなと、無性に嬉しくなった。
「あったまった?」
「うん。快斗くんは?」
「蘭ちゃんが隣にいるから、俺はいつでも温かいよ」
「うん?」
いつものノリで軽口を叩いてみるが、蘭はその意味が分からない。快斗はこういうことに関して鈍い蘭が可愛くて思えて仕方がなかった。
蘭が隣にいるなら、寒くたって暑くたって、どこでも構わない。公園でもカフェでも、たとえ東都でも外国でも。
傍にいてくれさえすれば―――。
蘭の存在は快斗に無限の力を与え、快斗を世界一の幸せ者にしてくれる。
幸せで、でも不安で、狂わしいほどに蘭が愛おしい。
こんな想いを蘭にどう伝えたらいいのか、言葉で言い表す術がない。

「こういうことだよ」
快斗は蘭にそっと口付けをした。
もどかしさを感じながらも、溢れる想いが届くように蘭に触れた。
冷えた唇。
その冷たさを確かめながら、ゆっくりと数回重ね合わせる。
一度目は驚いた蘭も、二度目からはその大きな双眸を閉じ快斗に身を任せた。
薄い皮膚の接触は、お互いの体温をゆるやかに分かち合った。

温かくて柔らかい唇。気持ちいいが、このままだと離れがたい。
暴走してしまう気持ちを何とか抑えて、 快斗は名残惜しげに唇を離した。
「蘭ちゃんからミルクティーの香りがして、美味しかったよ」
素直な感想を告げると、蘭からは正直すぎる返答が返ってきた。
「私はミルクティーとカフェオレの香りが混ざって、何か変な感じがしたよ」
ムードもへったくれもない感想に快斗が閉口すると、よほど変な顔をしていたのか、蘭が吹き出した。

ひとしきり笑われた後、蘭の真っ直ぐな視線を感じた。
「…………」
「どうしたの?」
「良かった…」
どこか夢を見ているような、ぼんやりとした蘭は珍しかった。
「キスが?」
「ちっ、違うわよ!」
我に返った蘭が、即座に否定した。
からかって言ってものの、多少のガッカリさを胸に抱く。だが言葉を続けそうな蘭を見て、快斗は無言で先を促した。
蘭はミルクティーの缶を両手で握りしめている。


少し風が出てきた。半分以上残っている缶の中身も、とうに冷えているだろう。
「あのね、変に思わないで…。今でもたまに不安になる。快斗くんといるのが夢みたいで」
蘭も快斗と同じように想っていてくれたことに驚きながらも、正直嬉しかった。
「快斗くんといると安心して、楽しくて。いつか終わりが来るかもって思うことが、すごく怖い」
恋をすると人は憶病になる。夢幻で儚いもの。いつどんな終焉を迎えるかは、誰にも分からない。
誰もが同じ思いを持ち、安心する反面、不安に苛まれる。
快斗だって、いつ蘭が離れて行ってしまうんじゃないかと不安で堪らないときがある。
「夢じゃないよ」
快斗は自分に言い聞かせるように呟いた。
自身の缶をベンチの横に置いた。缶を抱えたままの、蘭の冷めきった両手の上に手を重ねる。
繋がる温かさ。快斗は幸せを噛み締めた。

もう一度だけと、快斗は蘭の唇に許しを請いた。







快蘭高校生デートさせてみたかったんです。
ラブラブなのか切ない系なのか、どっち!とツッコみたい。
[2012.1.23]



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