捕らわれた蝶の如く




新一は壁と自分の身体の間に蘭を挟みこんだ。
蘭の両腕を頭の上に持ってきて、左手で手首を壁に押さえつける。間合いが必要な空手を封じ込める為に、一寸の隙間もないほどに身体を蘭に圧しかけた。

「痛い、新一」
「誰なんだよ、あの男」
「誰って…隣のクラスの倉本くんよ」
「知らねぇな。あんな優男に、なに笑顔向けてんだよオメーは」
「体育祭委員のことでちょっと話しただけだよ?……もしかして、焼いてるの?」

蘭は新一を少し買い被っている。
焼きもち程度の可愛らしい感情なんかではないのだ。
男に向ける笑顔を見ることすら、心臓に毒針が刺さったかのように心が乱れる。
毒はすぐさま身体中を駆け巡り、神経や脳を侵し、新一は優秀な頭で次の行動を瞬時に計算することができる。
男にはそれ相応の報復を。
蘭には罪の自覚とお咎めを。

蘭は向けられる恋慕に鈍感だ。
誰に対しても極上の笑みを湛え、人を上にも下にも見ず平等に接する。結果的に男女問わず、誰もが蘭への好意へと繋がっていくわけだ。
それが愛おしくもあり、苛立たしい。

深い嫉妬でいずれ蘭を傷つけてしまうのではないか。そう思うときもある。
愛すればこそ、憎らしい。
純真無垢な蘭を慈しみたい一方、壊したくなるのも事実。
新一と同じ薄汚い感情を知って、新一に溺れて欲しい。求めて求められて、ただ獣のように愛し合いたい。

「縛り上げたいほど、な」

新一は少し体をずらして蘭を舐めるように見た。
蘭は一瞬の隙をついてくる。逃げられないように細心の注意を払い、男の力で抑え続けた。

壁に張りつけられ身動きの取れない蘭。
捕らえられ自由を奪われ、そして鑑賞されるためだけに存在する蝶のようだと、新一は思った。
希少価値に魅入られ、小さな箱の中で美しさを保存し、永遠に時を止める。
それは人間のエゴであり、また芸術である。
蘭を蝶の標本のようにできたら。
新一の頭にそんな思考が芽生える。
蘭は標本の蝶は違って時を永遠に止められないが、少女から女に成熟する様を他人には内緒にすることができる。
誰にも見せないで、新一だけが蘭に触れて、二人だけの時間を紡ぐ―――。

「……放して」
「ヤダって言ったら?」
「冗だ…んっ…!」

蘭が抗議を言う前に、新一は蘭の唇を奪った。
角度を何度も変えて蘭の柔らかな唇を堪能する。静寂な部屋に乱れた呼吸の音と合わさる唇から出る淫らな音が響く。
蘭は脳も麻痺したのか、麻酔をかけられた蝶のように無抵抗だった。自ら招くように、新一の舌の侵入を許す。

執拗に舌を絡ませ、混じり合った唾液を啜った。蘭にも吸わせるよう強要する。
舌先から舌奥まで口内を動き回るそれらは、まるで意思を持った生き物のようだった。

蘭を快楽の渦に落とす。
新一のことしか考えられないように。

身体ごと吊り上げられそうな程、強く蘭の手首を持ち上げた。
痛むのか、苦しげに眉を寄せる。しかし、瞳に宿る小さな官能の炎を新一は見逃さなかった。


「蘭…俺のこと、好き?」
「……うん」


さあ、どうやって蘭を籠の中に閉じ込めようか?











状況とか場所とか深く考えない感じで。
[2010.10.3]

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