昼下がりの休日、哀は蘭と買い物に来ていた。両手に袋をいくつも抱えて休憩に選んだのは、雰囲気の良いオープンカフェだった。テラスに案内されてケーキセットを注文するとようやく一息ついた感じがした。
蘭さんは先週まで空手の強化合宿があったし、私は地下室に引きこもって薬の研究をしていたから、お互い顔を会わせるのも久しぶりだ。

風はちょっと強いけど、外の空気は気持ちがいい。お目当てだったフサエブランドの新作バッグも買えたし、今日は出てきて本当に良かった。
他愛のない話をしているとケーキと紅茶がすぐに運ばれてきた。早めのティータイムだったので、お客もまだ少なくてまったりとした時間が流れる。

「あら、美味しいわこのチーズケーキ」
「ホント?このショートケーキも美味しいよ。ねえ哀ちゃん、ちょっと交換しない?」
「もちろんいいわよ」
蘭が哀の皿にフォークを伸ばした。
(あ…)
首筋に微かに残る数個のキスマーク。
並んで歩いているときは背の高さの違いもあって全然気付かなかったけど、視線が同じになってようやく気付いた。

工藤くんとそういう関係になったことは知っている。蘭さんが工藤くんの家から朝帰りしている光景を何度か目撃したことがあるし、二人並んでいると以前とは違う甘い雰囲気を醸し出しているから。
工藤くんが蘭さんを見る目や触り方がまるで違うし、蘭さんは前にも増して綺麗になった。
蘭さんは何も語らないけど、そういうことは分かるものだ。
でも実際に行為の跡を見るのは違うものだと今悟った。表情には出さなかったが、哀は小さな衝撃を感じていた。
蘭が急に違う世界に行ってしまったみたいで、複雑な思いが心に宿る。
何を考えているんだろう。あれほど見ていてじれったかった二人が上手くいって嬉しいはずなのに、思ったよりも落ち込んでいる自分がいてそれに動揺する。
「凄い美味しいっ。幸せ〜」
「そうね…」

少し肌寒い、だけど気持ちのいい風がなびく。
風に揺らされて蘭の長い後ろ髪が前髪に掛かった。
彼女はそれをうっとうしそうに手櫛で整える。
一瞬の動作だったはずなのに、時がスローモーションに流れていくのを感じた。
女優を映画のスクリーン越しで見ているような気持ちになる。
(どうして?彼女は目の前にいるのに)
呼吸も忘れる程に、哀は蘭の横顔に釘付けになっていた。

蘭さんは元から可愛いかったけど、哀の知っている蘭とはまるで別人だった。
艶を帯びた、大人びた女の顔がそこにあった。
あのあどけなかった少女はもういない。
分かっていたことなのに、寂しい。
心臓がキュウッと締め付けられた。

「どうしたの哀ちゃん、私の顔なんてじっと見て。もしかして顔に何か付いてる?」
ケーキのクリームが付いているのかと勘違いした蘭は慌てて口周りを拭った。
大人への階段を上ったというのに幼さが残る行為がとてもアンバランスで哀の目に奇妙に映る。雰囲気は変わっても中身は相変わらず変わってない蘭に、思わずプッと吹き出してしまった。
「違うわ。時の流れについて考えてただけ」
「え?」
「こっちの話。蘭さんは変わっても変わらないってね」
「全然分かんないよ」
哀の抽象的な言葉に慣れている蘭はあまり気にする様子もなく、再び哀のケーキに手を伸ばした。

哀はポットから紅茶を注いだ。
少し冷めた二杯目の紅茶は思った以上に渋く、思わず眉間に皺が寄った。
「にが……」
現実の苦さを思い知る。
許されることのない想いを胸に潜ませ、男によって変化する様をずっと見ていかなければならないこと。
それは仕方のない事だと頭の中で言い聞かす。

蘭さんはこれからもっと工藤くんの愛を受けてどんどん綺麗になっていくのだろう。
でも願わくば、ずっと変わらないでいて欲しい。
蘭さんは私にとって失いたくない大切な姉であり、憧れる存在だから。
だから、私をそんなに吃驚させないで。





息を呑むほど






この苛立ちを新一に全てぶつけると面白い。
[2009.11.25]

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