Be My Last




クリスマスが終わると年末まであっという間だ。
クリスマスは恋人とロマンティックに過ごしたり家族や友人とのんびり過ごしたりするものだが、それを過ぎると人々は慌しく年末や新年に向かって次の準備に忙しい。買い物に出ておせちの用意をしたり、家を大掃除したりとせわしく動き回るのだ。
それは毛利家の家計を預かる一人娘、蘭にも言えることであった。





「ねぇ、快斗くん、次はそっちの本棚の掃除おねがーい!」
「ふぇーーい……」

伸びきった声で返事をしたのは、一時間前に約束なしで毛利探偵事務所を訪れた快斗である。
蘭をビックリさせようと思い内緒でやってきたのだが、肝心の蘭は快斗の顔を見るなり、「どうしたの、快斗くん?…今日って別に会う約束してないよね?」とビックリするどころか冷静に対応してきたので、繊細な男心は打ち砕かれ快斗は頭を項垂れた。

今日はデートに誘おうと思っていたのだ。映画を見て、ランチをして。ウィンドウショッピングするのもいいかもしれない。予定を伝えようと快斗が口を開いた瞬間。

「快斗くん、今日暇?だったら、事務所の掃除手伝ってくれないかな?」

お父さんのいない内にさっと終わらせちゃいたいの。そう言って手を合わせて上目遣いをされたら、もうこっちの負けは決まっている。快斗は早々に白旗を上げた。



こうして、快斗は午前中から毛利探偵事務所を蘭と一緒に掃除するはめになった。
窓の水拭きをして小五郎のデスク上の整頓を終えたところで、蘭に言われた通り本棚を綺麗にする作業を始めた。
無造作に置かれたありとあらゆるジャンルの本やビデオ、DVD(大抵は沖野ヨーコ関係だが)を片っ端から外に出し、溜まったホコリやゴミを掃きだす。

外で遊ぶはずだったのに、何やってんだ、オレ……

ふと、鼻歌を歌いながら掃除機をかける蘭をちらりと見た。家事を苦とも思わない蘭は、笑顔で実に楽しそうに掃除をやってのける。
その様子を見て快斗は目を細めフッと笑みを漏らした。

蘭と恋人同士になってまだ一週間だ。ずっと、ずっと想ってきた子と思いが通じた。この恋は実らないと思っていただけに未だ現実味が沸いてこないのだが、こうやって一緒に掃除をする……こんな些細な日常が堪らなく心を躍らせた。
こんな日々がずっと続けばいい。
あの名探偵がずっと帰ってこなければいい。
もし、近い将来、アイツが帰ってきて蘭の目の前に現れたら……?
冗談じゃない。
今まで蘭ちゃんを散々悲しませたくせに。散々待たせたままだったくせに。そんなことになったらぜってー許さねぇ……!





―――快斗くん…

「…快斗くん!」
「へっ?!」


ハッとすると、目の前に蘭が立っていた。眉を寄せ、心配そうな顔つきをしている。

「どうしたの?疲れちゃった?」
「あ、いや…?ちょっと考え事してただけだよ」

得意の愛想笑いをするが、快斗の作った笑顔はお見通しらしく、蘭は少し寂しそうな顔をした。
蘭にそんな顔をさせたくはないけれど、嫉妬交じりの感情は自分の中で消化されていないし、ましてや蘭に言いたくなかった。男のちっちゃなプライドが素直になるのを邪魔したのだ。

快斗は気を取り直し、先ほどの蘭に気付かない振りをした。

「そうだな…。ちょっと疲れちゃったかもな。ちょっとお茶しない?」
「…あのね、この間園子にもらった頂き物の美味しいチョコがあるの!紅茶と一緒に食べよっ。あっ…でももうお昼だね」


時計を見ると、もうすぐ正午になろうとしていた。
この時間ならお昼を先にした方がいいと思ったのだろう、蘭はお昼を何にしようか決めかねているようだ。眉を寄せ手を顎先に付けながら真剣に考える様を見て、快斗は苦笑する。

「もー…、笑ってないで。何が食べたいものある?」
「そうだな…」

ベタに蘭ちゃん、と言いたいところだけど。

「魚以外なら、何でもいいやっ」
「快斗くん、そればっかりじゃない!」

快斗はおどけてそう言うと、今度は蘭が苦笑する。
さっきみたいな探り合うような雰囲気がウソみたいだった。





事務所を出て、三階への階段を一緒に上がっていく。
―――まだ、お互いに心の内を、本音をぶつけ合ってない。蘭は快斗のことを選んでくれたが、工藤新一のことを心の奥底で待ってるのかもしれない。

……想像もしたくないけど。

腹に一物抱えた恋愛なんて上手くいきっこないし、こんな状態はバカげてる。
でも、どうすれば蘭の本当の心の声を聞きだせる?

耐え切れない思いは己のちっぽけなプライドよりも遥かに大きく、つい口に出た。

「ねぇ蘭ちゃん…俺の側にずっといてくれる?」

意図したわけではないが、声が掠れて小さい声しか出なかった。

情けねー……。
情けないけど、怖いのだ。いつか蘭が自分の下から離れていくのではないかと。
自分から蘭を手放す可能性はゼロだが、蘭は違うかもしれない。いつか新一の元へ行ってしまうのかもしれない。ずっと、新一の影に怯えていた。





階段の途中で、一歩先に登っていた蘭は足を止めて快斗を上から見下ろす。その頬は薄暗くて影になっているが、傍目に見ても照れているのだと分かる。

「わたし、快斗くんが好き。……大好き。快斗くんのそばに…ずっといたい」

一瞬思考が止まった。

ウソじゃ…ないよな?
恥ずかしがりやの蘭ちゃんが、ちゃんと言葉に出して言ってくれるなんて。

快斗はその言葉を認識した瞬間、蘭の腕を引っ張り、自分の元へ抱き寄せ、蘭をギュッと包み込む。

「きゃっ…」
「…ありがと。めちゃくちゃ、嬉しい。……その、さっきは想像の工藤新一に、嫉妬してた。蘭ちゃんが取られるんじゃないか、って…。馬鹿みたいだけどな!」

なけなしの勇気を振り絞って素直になって言ったのに、向き合った蘭の顔は笑みが浮かんでた。それから、少し切ない表情を見せる。

「バカ…。新一は幼馴染で大切な人だけど、恋じゃないよ。わたしは快斗くんが……。それに、快斗くんが何も言ってくれなかったから、すごく不安だった」

―――それについては自覚がある。

謝罪を込めて抱きしめる腕をぎゅっと強くした。

「ごめんな、不安にさせて」
「ううん、いいの―――あ、やっぱダメ!」
「へ???」

何かを思いついたいたずらっ子のように蘭はにんまりと笑った。

「お昼はやっぱりお魚ねッ♪豪華に尾頭付きにでもする?それと、後でトイレの掃除もお願いしたいな!」

どうやらちゃっかり者のお願い上手な彼女には敵わないらしい。
好きになったほうが負けというけれど、本当にその通りだから恋愛ってものは厄介だ。 蘭がしたいこと、して欲しいことなら全てを受け入れてしまうだろう。
でも、そんな自分も悪くないかな。

「………了解。」

快斗は本日二度目の白旗を上げた。


買い物に行くからお財布取ってくる〜と言って快斗から離れた蘭は、楽しそうに階段を上がってゆく。
蘭が楽しそうにしていると自分も楽しい。
蘭が幸せなら自分も幸せを感じる。
蘭が快斗にとって、最初で最後の愛しい人だ。
どうか自分が彼女にとっても一生の人であるようにと、強く願う。


快斗は事務所に戻り、自分のコートを手に取ると階段を下りたすぐの所で蘭を待つことにした。

こうなったら、工藤新一でも魚の尾頭付きでもトイレ掃除でも何でもかかってこいってんだっ。
透き通った灰色の空と冷たい空気を感じながら、快斗は空を見上げると睨んで決意を新たにした。










年末にいそいそと書いたんですが、時期を外すとこういうことになるんだと分かった二月公開の後悔。
快斗、乙女の様に悩みまーす!
[2009.2.25]

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